
वयधम्मा सङ्खारा, अप्पमादेन सम्पादेथ
「すべての現象は無情です たゆまず歩み成就しなさい
ダンマが広まりますように!
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(以下の文章は、2012年12月22日にミャンマー・ヤンゴン訪問中にゴエンカ氏が行った公開講演をもとにし、出版のために短縮・編集されたものです)
私にとって、ヴィパッサナーが広まっていくことは、人生の主目的です。そして実際に広まっています。すでに世界には160以上のセンターがあり、指導者も1000人を超えています。
私はよく、「なぜヴィパッサナーはこれほど急速に広まり、多くの人を惹きつけるのですか」と尋ねられます。
一つ目の理由は、私たちが宗教を教えていないことです。ブッダは宗教を教えませんでした。ブッダが教えたのはダンマであり、私たちもダンマを教えています。人びとは、それが普遍的で、誰にとっても良いものだと実感します。だからこそ、あらゆる宗教の指導者や信徒がコースに参加し、ヴィパッサナーがとても有益であると感じています。
二つ目の理由は、教えが無料であることです。私たちはダンマを教えることで、何かを請求することはありません。ブッダも、ダンマを教えることで何かを請求しませんでした。この伝統も、ダンマを教えることで何かを請求してきませんでした。私たちのもとへ来た生徒は、ヴィパッサナーの教えだけでなく、食事と宿泊も含め、すべて無料で受け取ります。しかし、教えの恩恵を受けたあとには、自然に「将来ほかの人も恩恵を受けられるように支えたい」と思うようになります。こうしてヴィパッサナーは広まっているのです。
三つ目の理由は、私たちが改宗を求めないことです。自分をヒンドゥーと呼ぼうが、仏教徒と呼ぼうが、キリスト教徒、ムスリム、あるいは別の何かであっても、違いはありません。ヴィパッサナーを実践するなら、それはダンマの実践です。そこには宗教儀礼、盲信、教義、カルトのようなものは一切ありません。
それが人びとをコースへと導きます。そして実践すれば、今ここで恩恵を得ます。結果を体験するのです。
この技法全体が、結果を重んじ、商業的ではありません。技法全体が普遍です。誰もが、その恩恵を受けることができます。だからこそ、世界中へ広がっているのです。
私は、ダンマの国ミャンマーに生まれたことをとても嬉しく思っています。私がどんなパスポートを持っているかは、私にとって重要ではありません。最も大切なのは、私がこの国の子であるということです。そしてここで、サヤジ・ウ・バ・キンのもとで、私は二度目の誕生を得ました。それは本当の意味での誕生であり、私をまったく別の人間に変えました。
ここで私は、偉大な贈り物であるダンマを得ました。ダンマはインドで生まれ、インドでは失われました。しかしミャンマーは、それを清らかな純粋さのまま保ち続けました。だからこれは、ミャンマーから世界への贈り物なのです。私は生徒たちにいつも、何千年ものあいだ清らかなダンマを守ってきたミャンマーに感謝するよう伝えています。そして、ヴィパッサナーをミャンマーの外へ送り出し、世界中の人が学べるようにしたサヤジ・ウ・バ・キンにも感謝するよう伝えています。
ヴィパッサナーとは何でしょうか。ヴィパッサナーとは、道徳的に生きることです。これに反対する宗教があるでしょうか。そして道徳的に生きるには、強い心が必要です。これに異を唱える宗教があるでしょうか。さらに、清らかな心が必要です。つまり、シーラ(sīla、道徳律)、サマーディ(samādhi、心の集中)、パンニャー(paññā、智慧)――道徳律、心の集中、智慧による心の浄化です。これに誰も反対しません。誰もが受け入れることができます。
私はよく、自分が一度コースを受けたあと、偏頭痛に苦しむことがなくなり、モルヒネも不要になったという話をします。しかし、それが私にとって最大の恩恵だったわけではありません。むしろ、心がより明晰になり、人生がより平和で調和のあるものになったことです。病気が治ったのは、ただの副産物でした。身体の病気の治療こそが、ヴィパッサナーの主目的ではありません。
ヴィパッサナーは、心のレベルであなたを健康にします。心はより落ち着き、静かになります。家族や周囲の人びとと良い関係を保ちながら、豊かで調和のとれた人生を送るようになります。ヴィパッサナーは生きる技法です。平和に、調和して生きる方法を教えます。
ダンマが広まりますように。私の国ミャンマーの人びとが、ダンマの最良の果実を味わえますように。世界の人びとが、ダンマの最良の果実を味わえますように。
より多くの人がヴィパッサナーの恩恵を受け、自分にとっても他者にとっても良い、幸せで調和のある人生を生きられますように。


