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​心を制御する方法

「私は、心を制御することの難しさと、その方法についてお話ししたいと思います。映画などの馬を手なずけようとする場面を見たことがあるでしょう。馬は常に蹴り上げ、跳ね回り、もがき続け、長くじっとしていることがありません。心もまた、それらの野生の馬のようなもので、特定の対象に長く留まることはなく、常に動き続けています。また、心は身体の内側に長くとどまることもありません。これは、生まれて以来、私たちの心が常に外界の対象――視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、思考といった感覚を通じて知覚されるもの――に向かってきたためです。

アーナーパーナ瞑想において、吸う息と吐く息のすべてを注意深く観察(認識し、気づき、観る)する目的は、落ち着きなく漂う心を特定の対象または基盤へと引き戻し、制御する手段を提供することにあります。ちょうど、放牧された子牛が遠くへ逃げないように杭につながれるように、心もまた、“杭”(鼻の付け根)に“縄”(吸う息と吐く息を認識すること)でつなぎとめることで、穏やかで安定した状態へと導かれます。この状態がある程度達成されたとき、サマーディ(三昧)が成就されたことになります。そして、サマーディが成就されたときに初めて、ヴィパッサナー瞑想を実践することができるのです。」

— サヤジ・ウ・バ・キンの法話より

(出典:International Vipassana Newsletter, Vol 9, 1982, no. 3, 夏季号 1982年 [仏暦2526年]。季刊誌として発行。本記事のタイトルは『瞑想』。原文を読むにはこちらをクリックしてください。)

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